birds which write poems  

歌 集 ・ 歌 を 詠 む 鳥












はしがきにかえて





=  坊 主 山 冬 麗  =



県都の西方 

人呼んで 通称・坊主山

正しき山名を知らず

友 少年期よりここに遊ぶ

長じて後もここに遊ぶ

我 誘われて いまここに遊ぶ

この山 坊主にあらず

ほどよき疎林

小径ゆるやかにして逍遥に適す

伴うは

家族よし 友よし 恋人更なり

人声まれにして鳥啼盛んなり

冬麗の一日

友と共にここに遊ぶ

この日も鳥影しきりなり












                         コハクチョウ



天のこゑ山河のこゑにさとくゐて鳥語を解す明日でありたし











                                   コブハクチョウ



超えがたき詩歌にせまるすべあらば高音に告げよ歌を詠む鳥



偶然に大和男子と生まれきて三十一文字の詩形に遇ひぬ



偶然と必然の違ひはかりがたく暗夜におよぐ下愚の両の手



球形のくらき荒野にたちあがる三十一文字の大和のひかり



歌に抱かれ酒に染められ一本の傘さへあらば一人旅せん



短詩とふ怪しき形にことよせて嘘をつきたり存分にされよ



大嘘も小嘘もありぬわが歌を子子孫孫は目にするなかれ










                            セイタカシギ



拓きゆく民の息吹のたくましや青史に鮮し豊後の風土記



中世に府内と呼びし大分はフランシスコの十字架の夢



ふるさとを愛しすぎたる気のするも食みていやます香母酢・椎茸










                         ブッポウソウ



永住権もたず生まれしこの星で父祖も唱へし経に親しむ



生まれきて明日も抱きゆく水瓶座 朝な夕なの父祖の沈黙



水に生まれ水に還らむ身とも思ふ いま源流に詩歌は満ちて



死ぬまでの辛抱なれどくさぐさの憂ひを抱きてけふは南へ



大つごもり終りよければすべてよし法華経三品ひとり誦す夜



鐘撞くはいづくの僧侶くろがねの音重々し南無一乗妙法蓮華経












                                  ノハラツグミ



挽歌とふ哀しきしらべ旅鳥のたちよるたびに父を顕たせて



靖国は思想の外にしづもれる母にてみればよすがの社



上京の土産は要らぬ父に逢へ 母押す手あり九段坂上る



かしは手をかしこみかしこみ拍ちし手にこぼれて匂ふ樟の花あり



背伸びして父の墓上に水そそぐ母の指先つやめきて・夏



口惜しくもまた百日紅の花盛りもはや語らぬ母の遠夏



今生にいま一度はと夢語る母は長病み遠き靖国



冬鳥のふくらむほどに寒を増しくらくにぎはふ老人病棟



父母思ひ子らを思はば いくさなんぢ 未来永劫禁固刑ニ処ス










                            コムクドリ



禿頭の祖父の写真に思ひをり我はまだまだかがやき足りぬ



からころと小鍋に躍る白き卵 目つむればいつも祖母立ちてをり



少年と祖父母寄り添ふらふそくの思ひ出ありてけふ初嵐










                       アカアシチョウゲンボウ



遮るものなにもなきがに旅立ちしあの日十九の父祖の国原



ここになくばかしこにあらむ幻想に旅立つ朝を黙すふるさと



はるばると深山の峪をめぐりきて下りし里に撮りし大瑠璃



出迎への一語はやさしふるさとの一木一草莞爾とそよぐ



うさぎ追ひ小鮒を釣りし遠きよりまだ見尽くせぬ故郷の山河



連山の一角さへもいまだ識らず深きかなわが故山のふところ










                           オオタカ



我もまた歴史を担ふ男子にて無冠といへどまぎれなく一



極東の日本列島の端の町 ここに我ありここが真ん中



わざはひに地界の揺らぐ一瞬も定位置占めて蒼きシリウス



わが一生統ぶる星座の乖離とも見えて南に星ながれたり



王道をまま外れたるこしかたのふともよぎりし風のすすき野



ためらひはもとよりあれど背中を押し告げよ告げよと北北西の風










                          アカショウビン



大方は温厚な人と思ふらし しめしめ我の修羅に気づかぬ



彼我に怒り天文館に飲みてゐつ逆白波のしぶきする酒



悠々と流れる川を見てゐたり焦慮のこともあしたあしたと










                          ゴイサギ



書の道は洗心の道と師の云へり 白に浮かびし黒の厳しさ



しろたへの条紙に筆をうちこみて撥ねてとどめし老子の一語



落款の位置の決まらず夜は更けて明日は展示の史書にさす影












                           マナヅル






                           マナヅル






                                    ナベヅル






                           マナヅル






                                   ハシボソガラス











                                コサギ



銀河系の一点の星の一点でたかがしれてる我の遠吠え



八幡に不埒な願ひ抱き来たりこの身きよめよ万太郎清水



生類に借りを重ぬるいのちにて返すあてなく七草の粥











                           オシドリ



人も鳥もまるく籠もれるきさらぎの扉をたたく春らしき風



もろびとを鼓舞する春の風たちぬ由布源流のぽえむを乗せて



わが山河片言まじりの芽をふかせ春日にひらくあしためでたし



早春の川のほとりに詩はありて相聞の風さきがけて吹く



明日は知らずけふあることのよろこびに仰ぎて受くる春を呼ぶ雨



ただならぬ窓の赤さに開けみれば由布も鶴見もどつと朝焼け



みんなみに春雷鳴らば潮ゆるむ関の早瀬に鯛躍るらし



大ぶりの海鮮どんぶりどんときてしばし華やぐ花散る窓辺



迷鳥の孤影におよぶ春の日のひかり優しもひとりはひとり



旅鳥にかまけしことの詫びがてら来たる弥生の留鳥の川



陽だまりに花鳥の夢を遊ばせていまはぶれなき地軸なれども



人は知らず我には我のものぐるひ大地を焦がす野火に痴れをり



あをによし連峰春をこだまして花咲くころは豊後にあそべ



やまとごころすずしくもちて分け入らん花も盛りの奥の細道



遠来の客と思へば黄の砂も花を霞ます春のはなやぎ



ここかしこ花に群がる宴ありユーフラテスが血に染まる頃



たはむれに桜一輪食みてみぬ 青雲の日の夢のかをりす



散りいそぐ桜に何の罪やある惜しむは人の未練なりけり



散り終へし桜の樹下に詩を為せば木々も語れり人待つ時間



諸事終へてなほ余りたる春の日を酒家につなぎてほろ酔ふ夕べ



あれもこれも捨てて身軽にゆく春やうつつまぼろし境も知れず











                           カササギ



肥前には肥前の春のありぬべし旅をゆくとき季語たちあがる



花ふぶく多久聖廟の内宮にしづもる像の座姿のたしかさ



帆は風を猫の遊女は子をはらみ港ながさき春たけむとす



歓喜して錦の杜に降り立ちぬにはかにはづむ四肢のたかぶり



仁比を背にもみぢせりけん九年庵 秋ともまがふ肥前の師走



友といふ文学といふ酒といふ魅惑の楽器たか鳴るゆふべ












                         メジロ ・ 大分県鳥



*  送  歌  *



臥龍梅 古木といへど侮りなシニアに流る血とて鮮血



佐賀の花 霊徳寿梅は美形なり臥龍こがれて飛び梅となる



このふたり添はせてみたし徳と龍 華燭の典は梅雨の吉日


                       HOKKE




*  返  歌  *



梅も飛ぶ華燭ありなば菅公も驚くみやび極まるならん



翼得て天を翔けゐる君が歌 大和言の葉羽化とげたらし


                  佐賀の歌人









                         サンコウチョウ
  



続々と夏鳥きたるわが山河 ここのみどりがみんな好きなんだ



白昼の埒なき夢にあらうともすゑはきらめく不死鳥とならむ



それほどに四肢さらさずも乙女らよ君らの夏はかがやきてをり











                           レンカク



やうやくにらしくうつろふ水無月の山野にひそむ夏のまちぶせ



大いなる旅の途上の雲にしてまどろむ蓮に雨をうたしむ



木々と交はすまだ見ぬ鳥の噂話つきず深山に倦むことのなし



分け入りし森は聖地の気を帯びて我の不遜に風すさび初む



いかほども望まぬゆゑにすべて得て帰巣の鳥に晩夏のひかり



晩夏光 孤影をひきし渡り鳥 旅の要所に点をうちつつ











                           ヤマセミ



ながつきに入りしあしたの男ごころや 夜は秋刀魚を焼かむと思ふ



ともがきの艶聞などもちらほらと秋のふるさと色づきにけり



海峡は秋雨に暗し美しくほろぶすべなどよぎる瀬戸内



上りは未来へ下りは過去へとすれ違ふ海路の岐点に汽笛鳴らして



三界に加減乗除の身を置きておれもおまへも一瞬をゆくたびびと



ひきて知る磯のつぶやき鳥よ風よ大地よしばし静謐にあれ



人を信じゆゑにその人の言葉を信じ遠くに聞きし秋の神鳴り











                                         ハマシギ



目をうばひ心をうばひ鳥去りぬ南南東の風と共に去りぬ



大いなる北帰の旅をはじめたる鳥に手をふる灯台の丘



鳥たちの父祖の拓きし空路ならん我には見えぬCOSMOSの道











                           カワセミ



霜月の由布の源流霧とざしみうしなふもの数かぎりなし



秋は冬へ うつろふ季のはやくして愛をはぐくむ暇もあらず



チルチルとミチル伴ひ来し林 ほうらこんな近くに青い鳥



鳥類にわざはひおよぶ冬の日の殺伐としてながき列島



海を得て風は歓喜の鶴見崎 きみはここからわれはここまで



北庭は落葉の終章ひつそりと朽ち果てながら蚯蚓肥やして



粛然と食物連鎖の野はありて冬に入りゆく宇佐の墓碑群



くにさきの砂を揉みつつ波高し遠世語りに周防の海音



かぎりあるいのちのいまをかがやけと雪道を行く四駆のわだち



人をこばみ人をもとめて悲しみの胸突きとほす白き一輪











                           ヤマシギ



大和路の壺阪寺に夕たけて僧の読経もひそかごとめく



青年の耳にピアスのひかる午後なにごともなし新神戸二番線



どんぴしやり下り特急のぞみ五号われ立つ前にドアを開けり



万葉の江戸むらさきにいざなはれ旅足のばす調布深大寺



みなみから北から人をのぼらせて東京駅は何様ならん



ふり向かぬ少年にふる手の涙 駆ける少女を追ふ冬かもめ



瀬戸内の水平線を下りとふ便名もちて水脈をひく船



思ひ出の筑紫の夜をさまよへど歳月重く過去地と知れり



また一つ去りゆく夢に毒づいて次の一手をさぐる筑紫野



いささかの自負もくづるる筑紫野にしづもりかへる夕の稜線



あきらめも安らぐすべと思ふ日を梔子にほふ雨にこもりて



白黒を競ひし友の去年逝きて虚しく響く盤面の石



満天の星の一つを君として酒盃の真央にとらへんとすも













                            ナベコウ



不自然に妖しく澄みし原子炉の青を憂ひて深き蒼天



一国の憂ひを深め空ひくし 尋常ならぬ黄砂の干潟



天よ地よもはや鉾を収められよ 我らはすでにひれ伏してゐる



微力といふチカラもあらば街頭の募金に託し三月の風



若草に据ゑしレンズの遠先のみちのく遅き春を思ひつ



みちのくの憂ひはいまも深くして春霞にけぶるむらさきの国



わだつみの沖より寄せし波のことを心に留めて暮れる卯の年



過去帳に祖の祖の祖の祖の祖の祖・・・までたどりてみればみんな親族











                                   オオルリ



肥後に生き豊後に生きて千年余 二本の大樹は互ひを知らず



新しき芽をあとつぎと見定めて柏の古葉大地に還る



うつし世にわづかばかりの恋をして鳥よおまへも夢を見てゐる



風の子が帰りくるなりけろけろと蛙鳴くよなうがひす夕べ











                                  ミサゴ



君のこと三日忘れたつぐなひに買ひし青磁の鷹の目の鋭し



紅灯の街にさわぎぬ虚しさよいまふるさとはしじまなるべし



ネオンにもルージユの色にもときめかずさらばさらばと曲がる街角



はうむりたき絆を燃やすほむらたてちぎりてくぶる朱夏のうつし絵



胸に抱きときめくけふを華とせむ秘すればこその明日と思へり



一湾の藍に染まりしときめきをしづめんとするに潮の香あやし



めぐり逢ひ航路をかへし遠夏の水脈にからめしゆびきりのこと



君を待つ束のま空に煙草ふかし雲の厚みをはかりてをりぬ



やけどする予感のひとと入りゆける傘下に仰ぐ由布の黒富士



いま君が火を放ちしか燃え上がる紅蓮のごとき夕の茜は



妻といふ謎の女性と籠もりゐて夕暮れに聞く冬の雨音



血を云はずたづきを云はず愛を云はず赤の他人はかくも美し



先のばししたる一事の重たさに耐へざれば仰す小夜のひむがし



われに錯誤きみに誤解のひろがりて自選他選のごときへだたり



青春を朱夏を駆けぬけ白秋のいましづかなりわが相聞歌













                          マミチャジナイ


ふりむけばふりむくたびに遠ざかるまぶき地平を過去地と呼べり














ごこちやんがまあるく生れし冬の夜の月に跳ねてたうさちやんの耳




父を知らず父となりたる遠夏の星ふる空をながく忘れず









                          コウノトリ



鋭角の風に向かひて北へ北へ孤高の槍を研ぎすますため









                           ダイサギ




うつくしき星に生まれて歌を詠み恋も知りなば大いなる完




この世には未完の歌集一つ残し輪廻回帰を期してゆかばや




大切な想ひ出なりし花言葉 あなたに贈るエーデルワイス











あとがきにかえて



初夏の湖畔を

ふたりっきりで歩いてみませんか

一人でもなく 三人でもなく

ふたりっきりで




そのときあなたは

朝の静寂の中をともにあゆむ人が

かけがえのない人だとの思いを

あらためて深くするでしょう




そしてわたしたちには

誰かに愛を分かつ力など

いかほどもないことに気づくでしょう







=  HOKKE  =